神谷 昌治の奮闘記
葬祭課 会館運営管理室
結クラシカル三好・結クラシカル東郷 マネージャー 神谷 昌治
「人と話すことが苦手」から始まったキャリア。
当の本人は、「究極の面倒くさがりで、人と話すのが大の苦手」と語るが、その言葉からは想像できないほど、彼の人生は人との関わりに満ちている。
高校を卒業後、就職するも長続きせず、ふらふらしていた時期だった。知人から「ホテルマンを募集している」と声をかけられ応募。
19歳でホテルのバンケットサービスに採用され、結婚披露宴やパーティーの進行を担うプロとしての道が始まった。
だが、バブル崩壊の影響でホテル業界は衰退し、彼も約17年勤めた職場を離れることとなる。
霊柩車ドライバーとして寄り添い続けた15年
次の転機は、フューネのグループ会社であるゼロナイントヨタ有限会社の、当時部長だった三ツ口氏からの誘いだった。
旧知の仲だったこともあり、「忙しい時だけ手伝ってくれればいい」と声をかけられたことがきっかけで働き始めた。
やがて正社員となり、霊柩車ドライバーとしてのキャリアを歩み始めたのである。
霊柩車の助手席には、たいていの場合ご遺族が乗る。
病院から自宅、自宅から式場、式場から火葬場へ――移動のたびに乗る人が変わることもある。
静かな車内で故人との思い出を語る人、すすり泣く人、怒りをあらわにする人。故人は一人でも、そこにある感情は実に多様である。
だから彼は、言葉を広げすぎず、失礼にならない距離感を保ちながら寄り添うことに細心の注意を払ってきたという。
15年間でどれほど多くの人と心を交わしてきたのだろう。「いつの間にか、人と話すことに疲れちゃったんですね」と静かに振り返る。
会館マネージャーとして裏方に徹し、仲間と組織を支える存在へ
2021 年、フューネ代表である三浦の声掛けで、結クラシカル三好、東郷2つの会館マネージャーを兼任することとなった。
葬儀の準備や運営、担当者のフォロー、会館のメンテナンス、渉外活動など業務は多岐にわたるが、
表に立つより裏方として支える役割は、彼にとってまさに天職だった。
ゼロナイン時代に培った経験は今も生きており、特殊な状況でお客様と二人きりで話す中で、言葉の引き出し方や本音と建前の見極めが自然と身についたという。「真剣に故人を送りたいと思っているお客様には、できる限りのことをして差し上げたい」。
その思いが、会館マネージャーとしての信条となっている。
ありがとうと言われ続ける企業であってほしい
周囲からは「信念の人」「ホスピタリティの高い人」と評され、ストイックに仕事に取り組んでいるイメージが強いが、裏方として仲間や組織を支え、主役を引き立てる存在としても信頼を集めている。
仕事の原動力は、お客様からの「ありがとう」。その一言が何よりの励みだという。
以前は道の駅巡りが趣味だったが、コロナ禍で外出は減り、今は「食べること」が楽しみだそうだ。
フューネの未来について尋ねると、「この先もずっと『ありがとう』と言われ続ける企業でいてほしい」と語る。御年60 を迎えたが、社内にはまだまだその背中を追いかけたい人がたくさんいる。これからも神谷は若手の手本となるべく、裏方の道を走り続ける。
